女性で初めて競馬殿堂入りを果たした!

女性で初めて競馬殿堂入りを果たした!

47億円の賞金を獲得したシャンタル・サザーランドの前に、女性騎手として大活躍したアメリカ人女性騎手がいます。ジュリー・クローンは女性抜きにして騎手としてものすごい大活躍をしました。

すごい大活躍をしたからこそ、競馬の殿堂入りを成し遂げたのでありますが、まさにシャンタル・サザーランドはジュリー・クローンに続くのは彼女しかいない!!とまで絶賛されています。ジュリー・クローンは二児の母でもありますが、現役時代には目覚しい活躍をした騎手です。

ジュリー・クローン

美貌騎手として活躍しているシャンタル・サザーランドより13歳年上ですが、騎手として活動していた時期を考えるとジュリー・クローンのほうが、シャンタル・サザーランドよりも競馬の世界では苦労をしたんじゃないかなぁ~と思います。男社会の競馬の世界で、女性騎手として道を切り開いた彼女はまさにパイオニアでもあります。

もちろんジュリー・クローンの前にも女性騎手がたくさん頑張って道を切り開いてくれたからこそですが、それでも彼女が2000年にアメリカ競馬殿堂入りを果たしたのは本当に素晴らしいことで、1968年には女性が騎手免許を取得して、騎乗しようとした際には男性騎手たちがストライキを起こしたという競馬の世界でストライキから32年後に女性がアメリカ競馬の殿堂入りを果たすなんて、すごいスピードだと思います!

ジュリー・クローンのキャリア

日本にもジャパンカップやワールドスーパージョッキーシリーズで騎乗するために、ジュリー・クローンは来日しています。そして騎乗しただけではなくて、騎手招待競争のインターナショナルジョキーズ

で勝利を果たしたことでも大きな話題になっています。

それはそのはずで、日本の中央競馬で女性ジョッキーが勝利した歴史はかつてゼロでジュリー・クローンが初勝利したのですから、その騎乗センスは超一流であることの日本競馬界に証明したことにもなります。

ジュリー・クローンが騎手としてデビューしたのは1981年のことです。着実に騎手としてのキャリアを残していきますが、大きなタイトルでも勝利をおさめているのが超一流の証でもあります。1993年にコロニアルアッフェアーというサラブレッドに騎乗して、見事にベルモントステークスに優勝しました。この勝利で女性騎手としてジュリー・クローンは初めてアメリカ三冠競走まさにクラシックでの女性騎手で初の勝利になりました。

ちなみにこのコロニアルアッフェアーはアメリカのG1競争で3勝挙げているサラブレッドですが、引退後に日本へ種牡馬として輸入されているんです。残念なことにコロニアルアッフェアーの種からなかなか活躍する馬が出なかったのが悔やまれますが、こればっかりは仕方ないですけどね。

1999年に一度引退していますが、引退理由になったのは騎手にはかなり身体的に厳しい落馬事故です。落馬事故で引退しましたが、それから3年後の2002年11月1日に、見事復帰を果たしました。もちろん落馬事故のあとのリハビリなどでブランクがありましたが、ブランクを感じさせることなく11月7日ハリウッドパーク競馬場でジェイドヴィクセンに騎乗して復帰してから初勝利を見事に飾っている。

そして、翌月の12月26日にデボネアジョーで3歳馬限定の短距離G1レースのマリブステークスで、こちらでも復帰後初のG1勝利を挙げています。

復帰を果たして翌年となる2003年に、アメリカで大きな競馬の祭典になっているレースの「ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルフィリーズ」がありますが、日本ではBCジュベナイルフィリーズとして紹介されることが多いレースで、このレース2歳牝馬限定でケンタッキーオークスを目指す馬の登竜門的なレースで、ハーフブライドルドに騎乗して勝利をおさめました。BCジュベナイルフィールズでも女性騎手としてはジュリー・クローンが初です。

復帰したあとも順調に勝利を重ねて、見事なカムバックでしたがBCジュベナイルフィールズで勝利をあげた数週間後に、肋骨を数本骨折してしまうというアクシデントに見舞われてしまいました。そして骨折から復帰してふたたびレースに復帰はしましたが2004年7月8日に2度目の引退を表明しました。

ジュリー・クローンが騎手として残した成績は、通算3704勝でそのうち重賞競走で勝利数は130勝以上という素晴らしい成績を残しています。この実績が認められて2000年に女性騎手で始めてのアメリカ競馬殿堂入りとなりました。